一人親方として仕事を進める中で、労災事故の発生や工事の仕事が減少すること、さらには請負単価の下落といったさまざまなリスクが存在しています。
すべてのリスクを完全に回避し続けることは現実的には非常に難しいですが、リスクをあらかじめ予測し、できる範囲で対策を講じることで、被害を最小限に抑えることができます。
行動経済学の研究によれば、人間は予測不能なリスクを過度に恐れる傾向があることがわかっているため、事前にリスクを把握して管理することは、精神的にも余裕を持って仕事に集中する助けになります。今回は、そうした「リスク」に対してどのような対策が可能かを考えていきましょう。
リスクには「管理可能なもの」と「管理不可能なもの」がある
「リスク」という言葉は、一般的には危険を伴うものというイメージを持たれがちですが、専門的には「リスク」と「不確実性」という2つの異なる概念に分けられます。
これらは経済学でよく使用される用語ですが、日常の仕事や生活で直面する事故や問題を指す際にも役立つ区別です。
- リスク: 起こる可能性があり、その確率も事前にわかっているもの
例: サイコロの目の予測、労災事故、交通事故 - 不確実性: 起こる可能性はわかっているが、その確率が事前にわからないもの
例: 地震や災害、金融危機、会社の経営状況の変動、請負金額の変動
この区別のポイントは、「起こる確率がわかっているかどうか」という点です。一般的に、過去のデータをもとに将来の出来事が予測できる場合は「リスク」とされ、そうした予測が難しい場合は「不確実性」と呼ばれます。
例えば、労災事故や交通事故は過去のデータに基づき予測精度が向上しており、リスクとして管理可能です。一方、地震などの大規模な自然災害は、影響を与える要因が多いため、その発生確率を予測するのは非常に難しく、一般的には不確実性とされています。
(ただし、スーパーコンピュータや人工知能の進化により、事故や災害も徐々に予測可能な「リスク」に変わりつつあります。)
現代は、将来の見通しが極めて不透明で、明確な指針がない「不確実性」の時代と言えるでしょう。
一人親方の立場を理解する
一人親方は、建設・建築業界において企業の社員ではなく、独立した事業者、いわば「自分の会社の社長」という立場で、企業と交渉を行います。そのため、発生するリスクに対してはすべて「自己責任」で対処することが求められます。
たとえば、大雨などの天候不順で工期が遅れた場合、労働契約に基づく雇用ではないため、発注元の企業は残業代を支払う義務がありません。また、仕事中に大けがを負い、働けない状態になったとしても、自分で労災保険に加入していなければ、誰も補償してくれません。会社員であれば、仕事がないときでも最低限の給与が支払われますが、一人親方は業務請負契約のため、仕事がなければ収入がゼロになります。発注側にとっては、必要な時にだけ雇用できる一人親方は、無駄なコストをかけずに済むという利点がありますが、一人親方にとっては、収入が不安定で、保険加入すら困難な場合もあります。
【一人親方のメリット】
一人親方には、雇用する従業員がいないため、人件費がかかりません。建設・建築業では、仕事が多い時期と少ない時期の差が激しいため、従業員を雇い続けるのが難しい場合があります。しかし、一人親方であれば、自分一人で受注から納品までを完結できるため、自由に仕事を進めることができ、収入もすべて自分のものになるというメリットがあります。
【一人親方のデメリット】
一人親方は基本的に労災保険の適用対象外です。特別加入の「一人親方労災保険」に入っていない場合、法令を厳守する企業などからの仕事を受けることができないことや、仕事が集中した際に対処しきれないというリスクもあります。
労働基準法では、元請け企業は「使用人」としてすべての下請けに対し「指揮・管理・監督」の責任を持ち、災害補償の義務も課されています。しかし、実際には建設・建築業界は依然として他業種に比べて死亡災害が多く、遺族にとっても精神的・経済的な負担が大きくなります。過酷な労働環境や、元請け企業の誠実さを欠いた対応が原因で、労災訴訟に発展することも少なくありません。これらの問題に対処するためにも、一人親方としてもできる範囲での危険対策を講じることが重要です。
重要なのはリスク対策
一人親方として働く上で、すべてのリスクを予測することは不可能ですが、一般的なリスク対策を知っておくことは非常に有効です。以下に代表的な対策を紹介します。
対策1:法令遵守を徹底する
- 労働基準法や労働安全衛生法、建設業法といった関連法令を遵守することが最も基本的な対策です。勝手な解釈や「仲間内だから大丈夫」という甘い考えは危険です。
- 安全衛生管理体制を確立し、事故防止システムやリスク評価、メンタルヘルス対策を導入することが求められます。
- 末端の業者まで含めて、安全教育を徹底し、継続的なコミュニケーションを図りましょう。
対策2:労災保険への加入
労災事故による死亡やケガで発生する損害は、数十万~数百万円を超えることがあります。被害者と直接の雇用関係にある下請け企業だけでなく、元請け企業にも責任が及ぶ可能性があるため、労災保険への加入は必須です。保険加入時には、以下を考慮しましょう。
- 最大の損害賠償請求に耐えられるか
- 働けなくなった期間の生活費を補償できるか
- 保険料は適正か
- 保険内容が明確か
対策3:専門職との連携を強化する
建設・建築業は、以前と比べて改善されてきたとはいえ、依然として「労働集約型」の業種です。自分一人の技術だけでは安定した収入を得ることが難しい現実があります。そこで、自分の専門外の技術を持つ仲間と協力することで、仕事の幅が広がり、収入も安定し、結果としてリスク対策にもつながります。
一人親方は「経営者」である以上、すべての業務を一人でこなす技術を身につけるよりも、仲間と協力し補完し合うことが、現代の多様な価値観や変化に対応し、生き残るためのカギとなるでしょう。
あとがき
一人親方として働くことには、自由度の高さや自分のペースで仕事を進められるという大きなメリットがあります。仕事を請け負うたびに得られる収入はすべて自分のものになり、従業員を雇わないことで人件費の負担もありません。こうした点は、特に建設・建築業のような繁忙期と閑散期の差が大きい業界では、一人親方にとって大きな利点です。しかしその一方で、収入が不安定であったり、労災保険や社会保険に加入しづらいこと、仕事のすべてが自己責任であることなど、デメリットも無視できません。
特に、リスクに対する備えを怠ると、突然の事故や体調不良で収入が途絶える危険性もあります。自分自身の健康管理や労災保険への加入、さらには、必要に応じて仲間と連携してリスクを分散させることも、一人親方として長く安定して働くためには重要です。
今回の記事では、一人親方としてのメリットとデメリットを整理しましたが、それぞれの特性をよく理解し、リスクに備えた対策を講じることで、より安全かつ安定した働き方を実現できるでしょう。この記事が、今後の働き方を見直す一助になれば幸いです。